2009年7月4日土曜日

繋げるということ



今日は、次男が高校時代の全ての情熱を注いだと言っても良いハンドボール部の恩師の慰労会があり、久しぶりに先生や保護者の皆さんとお会いすることが出来、楽しい時間を過ごしました。


今ではイケメン宮崎大介さんや中東の審判の問題などのおかげで、ハンドボールの知名度は以前に比べればグ~ンと上がりましたが、息子がH高に入ったらハンドをやると言った時には、親の私達ですら「ふ~ん、ハンドねぇ・・・」というぐらいのレベルでした。


しかし、クラブの保護者会で、‘ハンドボールは格闘技です’と、その先生が仰られた時には「えっ!」とビックリしました。実は私の弟が30年あまり前の高校時代、ハンド部にいたのです。なのに、4つ上の薄情な姉は自分のことに忙しく、ほとんど弟のクラブ活動について知りませんでした。


そんな訳ですから、入学直後から始まった練習のすごさに驚くばかり・・・歩いても10分程度の通学距離だったのですが、足を引きずるようにして帰り、玄関に入るや倒れこみ、靴が脱げない!やっと靴を脱がせ食卓についても、練習で指に力が入りすぎてこわばって、お箸が持てない!疲れすぎてご飯が喉を通らない!何とか食事を済ませたら、もうばったり!揺すり起こしてお風呂に入ると湯船で寝てしまい出て来ない!・・・とにかくこんな始まりで、食事は当分フォーク一本、通学もギリギリ範囲で自転車にしてもらい、毎日が闘いでした。


私はこの先どうなるんだろう・・・と不安でいっぱい!何度も‘もう、やめたら?!!’と本気で息子に言っていました。だけど、息子はそれに対して、ただの一度もやめるとは言わず、いつも無言で抵抗していました。


人間とはすごいもので、そんな生活にも慣れるんですよね・・・そのうち、靴も自分で脱げるようになり、お箸も持てるようになり・・・幸い、クラブの先輩、同級生、皆が仲が良く、辛いけど楽しい部活だったようです。インターハイにも2度行かせてもらい、充実した高校時代だったと思います。皆さんに感謝!


さて、各学年の代表が先生にお礼を言う場面があったのですが、その中で一人のOBが、自分たちの学年がインターハイに行けなかったことが今でも先生に申し訳ないと、言葉を詰まらせながら言われました。その前まで2~3年続けて出場していたので、その後2年出られなかったことがあまりにもショックだったようです。


それを聞かれた先生は、‘出場出来る出来ないではなく、出来なくてもそのレベルを落とさないように練習をして繋いでくれたことが重要なのであって、それがあったからこそ、また3年後に高いレベルから新チームを作って出場出来たんだ’と仰いました。


そうなんですよね・・・出場出来なかったことでクサッて練習をいい加減にやっていたら、その後這い上がることは至難の業・・・繋げるということの素晴らしさ、難しさを改めて実感しました。


それを思うと、本当にイチローってスゴイですよね・・・!

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